父が部下と心を通わせた“和民の一杯”──戦場の記憶とワタミ宅食につながる家族の物語

老々介護・食養生・物語療法で家族を支える実践ブログ

私の父は、101歳で亡くなりました。 その父が生前、何度も何度も語っていた思い出があります。 それは、若い頃に鋼管会社で技術者の責任者になった頃の話です。

父は社交が得意ではなく、部下との距離感に悩んでいました。 仕事では厳しく接することもあり、職場の空気がぎくしゃくしてしまった時期があったそうです。

「このままではいけない」 そう思いながらも、どうすれば部下と心を通わせられるのか分からず、悩んでいたといいます。

■ 戦場での“日本酒の一杯”を思い出した父

そんなとき、父はふと 戦争時代の記憶 を思い出したそうです。

タイのジャングルで敵軍と遭遇し、弾が尽き、 仲間と竹を筒状に加工して池に潜り、 竹筒で息をしながら 3日間耐えた という壮絶な体験。

敵軍が去ったと偵察隊が知らせてきたとき、 戦友たちと少しだけ持ち込んでいた日本酒を分け合って飲んだ瞬間、 「こんなにうまい酒はない」 と心の底から感じたそうです。

その一杯で、 戦友たちは 命を預け合う兄弟以上の絆 を感じたといいます。

■ 部下に誘われた「和民の居酒屋」

しかし、父は居酒屋に行ったことがありませんでした。 どうやって部下と距離を縮めればいいのか分からずにいたとき、 部下の一人がこう言ったそうです。

「和民なら安いし、みんな気軽に行けますよ」

その言葉に背中を押され、 父は初めて和民の居酒屋へ行きました。

■ 和民で見た“部下の別の顔”

居酒屋に入ると、 職場では見せない部下たちの明るい表情、 気兼ねなく笑い合う姿、 そして父に向けられる素直な言葉。

父は驚いたそうです。

「こんなに気のいい連中だったのか」

その日を境に、 父と部下たちは一気に距離が縮まり、 職場の空気も大きく変わったといいます。

父はこの話を、 まるで昨日のことのように何度も語っていました。

■ 晩年の父がワタミ宅食を愛した理由

父が90歳を過ぎ、 母が台所に立つことが難しくなった頃、 毎日届けてくれたのが ワタミ宅食 でした。

父は食卓に並んだお弁当を見るたびに、 まるで和民で部下と笑い合った日を思い出すかのように、 「おいしいね!」 と何度も繰り返しながら食べていました。

その姿は、 戦場で飲んだ日本酒の一杯、 和民での部下との一杯、 そのすべてがつながっているように見えました。

母もよく言います。

「ワタミ宅食があったから、お父さんは101歳まで生きられたんだよ」

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■ 食は、人をつなぎ、人生を支える

父の人生を振り返ると、 「食」がいつも大切な場面に寄り添っていました。

  • 戦場での日本酒の一杯
  • 部下と心を通わせた和民の一杯
  • 晩年に毎日楽しみにしていたワタミ宅食

食べ物は、ただの栄養ではありません。 人と人をつなぎ、心をほどき、人生を支える力があります。

父の「おいしいね」という言葉は、 生きている喜びそのものだったのだと思います。

そして今、 その記憶を母が語り継ぎ、 私がこうして記事に残すことで、 父の人生の物語はこれからも誰かの心に届いていくのだと思います。

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そんな高齢の親には、ワタミの宅食は本当に助けになります。

私も食べています。78歳ですが、このブログの毎日の更新作業をするのも身体が軽く楽な体感が心強いです。

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